
英国 Louder | Classic Rock誌のマークエリンによるフィル・コリンズさんのロングインタビューが、とても秀逸です。もともとは、2017年に雑誌に掲載されたものが、先週Web公開されたようです。
ジェネシスでの活動はもちろん、「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」にも出演していた(カットされたらしい)子役時代の話、最初の妻が画家/内装家の男と出ていった話、ジョージ・ハリソンにからかわれたり、憧れだったザ・フーと仕事をした時のことや、批判されたライブエイドのツェッペリンとの共演の真相などなど!なかなか興味がつきません。
以下からご覧いただけます。
https://www.loudersound.com/features/phil-collins-interview
以下、一部【ザ・フーのトミー出演時のエピソード】【ジョージのアルバム「オールシングス・マスト・パス」での演奏したことについて】【ライブエイドでのツェッペリンとの共演の顛末】部分を訳出してあります。
【ザ・フーのトミーに出演した時の話】
それから僕は、「トミー」でアンクル・アーニーを演じた。小児性愛者を演じるのは、政治的に正しくはないけど、それは好きだったよ。なにせ、ザ・フーと共演できるんだからね。
キース・ムーンが亡くなったすぐあとにピート・タウンゼントと仕事をしたので、彼に「ドラムを叩くやつは必要ないですか?僕は、すごくそれが好きなんですよ!(The Whoに入れるなら)ジェネシスを辞めてもいいです・・」と言ってみたんだ。
ところが、ピートはこう言ったのさ。
「くっそお!ケニー・ジョーンズに頼んじまったよ!」
実はほとんどの人には知られていないけど、キースがダメダメな時は、ケニー・ジョーンズがトラで叩いていたんだよ。彼は、ザ・フーにはあまりにお上品だけどね。
ま、それでも、僕はその仕事を終えたよ。
彼らと、一緒にやりたかったなあ・・。
【「オールシングス・マスト・パス」での演奏の経緯】
僕がまだフレーミング・ユースにいた頃、僕らのマネージャーがリンゴの運転手から電話をもらったんだ。彼はパーカッションを探していたのさ。マネージャーは、僕を推薦した。
それで、僕はアビーロード・スタジオに行ったんだ。
そこには、ジョージとリンゴ、ビリー・プレストン、クラウス・ブーアマン、フィル・スペクターがいて、録音がスタートした。
誰一人として、何を演奏するかを僕に教えてくれないんだ。
曲がスタートするたびに、フィルは、「じゃ、ギターとドラムを聞いてみて」「ベースとドラムを聞いてみて」と言っていた。
僕は、もともとコンガプレイヤーじゃないので、手は出血してきてさ。そして、僕はリンゴにタバコをねだったんだ、ーー吸わないんだけどーーナーバスになってたんだな。
いずれにせよ、2時間もたってから、フィルが言ったんだ。「オーケー、コンガくん。今度は君の番だ!」僕のマイクはオフだったにもかかわらず、僕の手は炸裂していたんだよ。
みんなが笑った。そして、彼らが全員消えたあとーー誰かが彼らはTVでも観てるんじゃないかと言ったんだーーそして、僕は「今ならいける!」と言ったのさ。
数ヶ月後、自分の家の近くのローカルの店で、このアルバムを買って、スリーブを見た。そこには僕の名前はないんだよ。
「何かの間違いだな!」と僕は思ったけど、収録されたのは別バージョンで、僕はそこにはいなかったんだ。
<しかも、もう一度削除された。>
そうそう、しかも悪くーー何年もあとに、さらにカットされたんだ!
僕は、ジャッキー・スチュワート(元F1ドライバー)の家を買ったんだけど。ジョージ・ハリソンがジャッキーの友達だったんだ。ジャッキーが、ジョージは「オールシングス・マスト・パス」のリミックスをしてるんだ。そして「君は、あのなかにいたのかい?」と言うんだよ。「ええ、確かに」と僕。そして2日後に、ジョージ・ハリスンからテープが届いたんだ。「これは君かね?」というメモ付きで。
僕は、大急ぎでそれを聴いてみたよ。そしてすぐにわかったんだ!
突然、コンガが入ってきて、それはうるさくて、酷いものだったんだ。そしてテープの最後には、ジョージが「へい、フィル!このコンガプレーヤーなしで、もう一度やれないかなあ?」と言っているのが聞こた。
僕には、今度こそはっきりわかったんだ。彼らはTVなんか観に行ってなかった。そして、僕の演奏がひどかったので「こいつをお払い箱にしてくれ」と言っていたんだな。
でもそれから、ジャッキーが電話をしてきてこう言ったんだ。「ちょっと言っておかないといけないことがあってね」で、ジョージに電話を代わったんだよ。
「テープ受け取った?」
僕は言う「今こそわかりましたよ。ぼくはビートルズにクビにされたんですね!」
そして、彼は言った「心配しないでくれ!ありゃ、冗談だよ!レイ・クーパーにド下手に叩いてもらってさ、再録したんだ。こういうのが好きだろうと思ってね!」
僕「くっそ、いまいましい野郎め!」
こんな小さなギャグのために、全ての努力を惜しまないんだぜ。素晴らしい!
これって素敵だろ!?(笑)
【ライブエイドでのツェッペリンとの共演の顛末】
(ライブエイドで偉そうだったと批判されことを受けて)
コンコルドを使ったんで、まったく偉そうに見えたんだ。僕は、ロバートのソロ・レコードでプレーをしてたんだ。で、彼が「ライブ・エイドで何かやるかい?」って聞くので「イェー!」と答えた。
そして彼は、「俺を一緒にだしてくれるかな?(アメリカのプロモーターの)ビル・グラハムは、俺を嫌いで、ツェッペリン嫌いなのさ!たぶん、君と、俺と、ジミーとで何かできるんじゃ?」そして、僕は「すげえ!もちろん」と答えたんだ。
それからスティングが電話してきて、「一緒になにかやらないか?」と。(イギリスのプロモーター)ハーヴェイ・ゴールドスミスが「コンコルドを手配した。君は両方でプレイしてくれ」と言うんで、「ああ、いいとも、そうできるなら」と言ったけど、偉そうに見えるとは思わなかったんだよ。
着いた時には、僕とロバートとジミーが一緒にプレイすることがーーレッド・ツェッペリンの再来になっていたーージョンポール・ジョーンズもそこにいたからね。
ジミーは言った。「リハーサルが必要だろう!」で、僕は言った「さっさとステージに上がって、プレイできないですか?」
そこに行った時点で、僕はリハーサルはしていなかったけど、コンコルドの機内で「天国への階段」は聴いていた。僕は到着して、キャラバンに行ったけど、ロバートが言うんだ「ジミーが喧嘩腰でね」って。
ジミーは言う「俺たちは、リハーサルをしてきたんだ!」そして僕は言ったんだ「僕は、あなたのロンドンでの最初のギグから見てるんですよ!中身は知ってますよ!」で、彼は言った「いいだろう、どうやるんだ、それで!」
だから、僕はこんな感じで(「天国への階段」のドラムパートを手真似して・・)そして、ジミーが言うんだ「ノー!それはそうじゃない!それは、こんな風に行くんだ!」
で、僕は(共演ドラマーの)トニー・トンプソンに話をした(頼んだ)んだ。僕はダブルドラムはたくさんやってきたし、これが救済列車になるだろうしね。で、言った「じゃ、このことは置いといて、お互いにそれぞれのやり方で、シンプルにやりましょう」
トノンプソンーー安らかに眠りたまえーーは、1週間リハをしてた。僕は、有名ドラマーの到着だ!ということで彼の手柄を横取りする羽目になりそうだったんだ。かれは、まあまあ自分のやりたいことはやったんじゃないか。ロバートは、居心地が悪そうだった。そして僕は、もし立ち去ることができるなら、そうしたろうね。僕は必要なかったし、まるでスペアパーツの気分だったよ。
<それは、残念な出来でしたか?>
率直に言って、そうだね。
でも、もし僕がそうしていたら、その後30年に渡って、なぜ僕がそのステージを蹴ったのかについて話すことになるだろうから、そこに留まったのさ。
舞台が終わってから、MTVのインタビューを受けた。ロバートはダイヤモンドだ。でも、みんなが集まると暗雲が垂れ込めた。そしてジミーが言ったんだ「一人のドラマーは、大西洋を越える途中で、内容もわかってなかったな」それで、僕は頭にきた。
たぶん、僕はかれが僕にして欲しいことがわからなかったんだろうけどーー、僕は単なる旗印になって、まるですごく威張ってるように見えちゃったんだよ!
このほかにも、子供達と一緒にいるために引退しけれど、妻が子供を連れてマイアミに行ってしまい、なにもすることがなくなった。でも仕事はしたくなかったので、飲酒に走ったこと。
左耳の聴力を失ったり、脊髄損傷でドラムを叩けなくなったり、いろいろ手術を受けて、未だに演奏はできないけど、前よりは良くなっている・・とか。
死にかけたので、ここ3年ほど断酒してるとか。
とても、率直に語っています。
最後の<なにか、心残りは?>という質問には
そんなにはないよ!
重要なことは以下の通り
「結婚生活には、より真剣に取り組むこと!」これはほかのことにもつながるからね。
一緒に働いてみて、愛すべき人というのはほんの少しだと思う。
マイルス・デイビスは素晴らしいだろう。アレサ・フランクリンは素晴らしいだろうね。
僕の娘は、「仕事を辞めるのは危険だわ」と言ってるんだ。
「パパは作家なんだし、それはパパであることの一部でしょ、それが重要なことだと知ってっるわ」って。
人々が、僕(がいないのを)惜しんでくれるんだから、それは素敵なことさ。
フルインタビューはこちらから
https://www.loudersound.com/features/phil-collins-interview
